おむすび、甘いか 塩ょっぱいか

       お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より (お侍 拍手お礼の三十八)
 


これもあの長かった大戦の後塵か。
戦さの中で開発が進んだ機巧機関としてのそれの応用、
移動手段の最たるものに“飛行艇”というものがあったため。
それを侭に出来る商人たちにしてみれば、
差し迫って必要でもなかったから…ということか、
街道整備は後回しにされての、結局は手つかずなままになっており。
その結果、土地による物流の格差はいまだに歴然としている。
動力機関を搭載した乗り物になぞ縁のない一般庶民は、
今でも徒歩で移動をしているのが現状なので。
余程に栄えた町と町をつなぐ幹線路ででもない限り、
沿道の宿場の賑わいもささやかなもの。
辺境になればなるほど、旅人自体が珍しく、
町の賑わいからは遠い辺境の地のそれともなれば、
どんなに効能があろうとそこまで辿り着くのが大変だからと、
わざわざ運ぶ客の数も知れており、
結果、どこか鄙びた風情のまんまの“秘湯”であり続ける訳である。


  ………………で。


何せ、辺境巡りが主体の誰かさんたち。
当初は 顔が割れてはまずいかも知れないからという考慮もあっての選択だったものが、
今では“そういう土地からの依頼を受けたので”というのが前提になっている旅。
とはいえ、老若どちらのお侍様も、
刀や強さへのこだわりはあっても、
衣食住という“環境処遇”に関しては、
あんまり趣味や嗜好にうるさい性分ではないのでと。
大戦時に身につけた サバイバルへのノウハウもあっての、
ともすりゃ野宿も厭わぬ豪傑たちで。
そこいらへの躊躇もなく、
食事ひとつ取っても、適当に済ませてしまう彼らだったりするものだから。

 『ちゃんと意識して食べるようにしてくださいませな。』

さすがに“育ち盛りだから”とは言えない年齢ではあれど、
いつもいつでも細っこくておいでの双刀使いさんや、
放っておくと酒の肴程度で済ませてしまわれかねぬ壮年殿へは、
虹雅渓のおっ母様が歯咬みしてなさるそうだが、それはさておき。

 「………。//////////

何せ足腰が達者な元軍人の彼らゆえ、街道を進むペースが一般人とは微妙に違い、
久蔵だけなら1日で百里ほどをけろりと踏破してしまいかねないほどだし、
勘兵衛の方も方で、ぶっ通しで何日でも歩いていられるほどに持久力は並ではなくて。
それがため、宿場の狭間で陽が暮れるなんてことも珍しくはなく。
逆にいや、昼下がりのほどよい時間帯なんぞに、
誰もいないポカリと空いた空間を、彼らのみにて独占出来もして。
野辺に咲く花々の可憐な姿に癒しをいただきつつ、
涌き水で喉を潤したりと、一時の休憩となるのだが、

 「ああ、それは桃だ。桜ではないぞ。」

根元に伸びる野生の菜の花。
その目映い黄色にいや映える、濃緋の木花に見ほれてのこと、
呆と佇む細っこい背中へと声をかけた壮年殿。
七郎次ほどではないものの、それでもさすがにこの頃は、
寡黙な相方の思うところ、多少なら拾えるようにもなっており。

 「?」
 「ああ、初夏には甘い実がなる桃だ。」

葉が出るのは花の後だというのも桜と似ておるが、
微妙に違うとそんな見分けをつけられる連れ合いの傍らへ、

 「…。」

紅衣にくるまれた薄い肩をそびやかし、
たかたか戻ると むうと上目使いになったのは、
年の功で負けただけだとでも言いたいか。
傍目には何のことやらな、何とも微妙な機微の表出が、
だけれどこの彼には大進歩。
言葉が足りぬところを補いたいか、
相手の腕を掴んでのこちらを見下ろさせ。
こちらの眸を見よ、不満の熱に触れよとばかりに振る舞うところが、
子供っぽくはあるけれど、真っ直ぐなのは彼らしく。
なればこそ、微笑ましい欣喜よと感じ入ってしまってのこと、
こちらもついつい、
哲学者然としていて厳粛に渋いばかりのそのお顔、
幼子相手の教諭もかくやと、ほっこりほころばせてしまう壮年殿だったりし。
その途端、

 「〜〜〜。///////

そんなお顔をするのは狡いと思うが、
でも…優しい眼差しは嬉しいと思う気持ちもあるせいで、
表情が定まらなくての目許をぎゅうと歪める久蔵へ、

 「? いかがした?」

そこまではまだ読めないらしき朴念仁さんの懐ろへ、
せめてと額や頬をぐりぐりと擦りつけることで勘弁してやって、さて。
街道から少しばかり離れた野辺に入ったは、昼餉をとるためで。
倒木を腰掛け代わりに、彼ら自身で支度した手弁当をそれぞれ広げる。
荷の中から取り出した包みはお互いに大きさが微妙に違い、
随分と大きな握り飯を取り出した久蔵は、やはり微妙にご満悦のお顔。
ちらり横手を見やって、意味深に口角を上げるものだから、
背中合わせとなる格好で、隣りに座した相方が、
それへと気づいて苦笑を返す。

 「しようがなかろう、手が大きいのだ。」

ほれと苦笑混じりにかざされたは、
確かに大きくて厚みもある頼もしき手のひら。
そこへこちらからも愛しげに触れて、
だが、くつくつという久蔵の小さな笑みは止まらない。
この辺りには茶屋もないと聞いてのこと、
宿で多めに用意してもらった飯をそれぞれに握って来たのだが、

 『…違う。力を入れていいのは片側だけだ。』

ただの握った塊にしかかった勘兵衛へ ぎょっとして、
そこでとああだこうだという指導をしての出来上がったのが、
久蔵の小さなお顔を半分も隠すほど大きな代物。
何せ、若いうちに司令官だの部隊長だのという位についてしまったその上、
副官に就いたのがあの七郎次だったため。
こういう事が身につく暇の無かったまんま、いい大人になってしまった彼であり。
立てる戦術における周到さへのこれも偏りか、
実は出たとこ勝負な素地の強いお人、
当人が不自由を覚えない程度で十分という大雑把な性格も所以しての、
ごっそり欠けてたあれこれが、
旅の空にて露見しては、呆れたり笑ったりをさせられている久蔵だったりし。

 『だが、お主にこういう蓄積があろうとはの。』

やはり刀にしか関心がないまま生きて来た男。
自分と大差ないかそれ以上かもと思っていただけに。
節も立たないきれいな手できゅっきゅっと、
影絵遊びのキツネのように構えた指先躍らせて、
形のいい握り飯を仕上げた様子には少々驚かされたほど。
そうと言われてふふんとほくそ笑んだ彼だったが、
何のことはない、神無村にいた頃に平八から伝授されたというだけのこと。
それを知るのはご当人たちと七郎次のみという秘密のお話、
ここだけの話なのでどうか口外なされぬように。
そんな彼が握ったほうは、勘兵衛のお膝に広げられており、
少し大きめのゆで卵くらいという大きさなのは、
これもまた彼の手が小さかったからのことで致し方なく。
大きさを数で補っての5つほどが、竹の皮の上へ並んでいる。
きちんと手を合わせてから、さてとお口へ運べば、

 「…。/////////

同じ米でも同じ飯でも、握り方で味が変わると、
そこのところも平八や七郎次から学んだ久蔵。
よって、大ぶりながらもしっかと握られた、勘兵衛の作、
出来は上々と満足気。
指先に付いたものもきっちりと残さずいただいていたその背中越し、

 「…。」
 「?」

相方のその気配が…妙に固まったような気がして。
どうかしたかと背中を倒し、
春の陽に温められた、それは豊かな深色の蓬髪の向こうを見やった久蔵へ、

 「…次からは甘納豆は遠慮してくれぬか。」

いきなり飛び出した甘味へ、何とも言えぬ渋いお顔になっている勘兵衛。
どうやら握り飯の中身がそのようなとんでもないものだったご様子。
上級者ならではの裏技で、中に具を入れていたは良かったが、
塩味を予想していたそれでは、誰だってビックリもしようもの。
だがだが、

 「…♪」

身を乗り出して来た金髪赤眸の連れが、
そうは見えぬがこれでも喜々として言うには、

  ―― 当たりだ。
     ………あ?

彼が言うには、他は梅干しで1個だけ甘いの。
一番最初に当たりを選ぶとは、お主はやはり運がいいと、
やたらご満悦な様子でのお言いようには屈託がなく。

 “やれやれだの。”

まま、いきなりあめ玉ががつりと来なかっただけマシかもと、
気を取り直してのお昼ご飯。
今度このようなことを企むときは自分へも言うておくのだぞ、
飛びきり辛いワサビ菜を詰めてやると、
却って警戒させるようなお茶目を口にし、

 「〜〜〜。」

やっとのこと、若いのへ渋いお顔をさせられたと、
くすすと微笑った壮年様。
それこそ幼子のように膨れた久蔵へ、
まあまあ怒らないでと言いたいか。
近くの薮から聞こえたは、これも幼い春告げ鳥の声だったりし。
甘い風の吹きそよぐ、春爛漫のひとコマでございました。





  〜Fine〜  08.4.06.〜4.07.


 *収納する頃は夏かもですね。(笑)
  書き始めた日曜日は物凄くいいお天気だったのですが、
  仕上がった日はちょっぴり下り坂。
  得てしてそんなもんです、はい。

 *ところで、お握りのお師匠様であるヘイさんは、
  握り飯に甘納豆を、果たして許して下さるのでしょうか。
  ご本人は“当たり”のつもりでも…ねぇ?
  皆で顔を合わせる機会があっての宴の場、
  久蔵も手を貸しての、作った料理
(?)がそれだったりし、

  「え? 今回は数が多いから特別にもう一個ある?
   じゃ、じゃあ、ヘイさんの目が細いうちに探してしまいましょうね。」

  怒らせての“開眼”させても何だからと、
  七郎次を筆頭に、周囲だけが慌てて見せたりして。
(苦笑)


めるふぉvv
めるふぉ 置きましたvv **

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